大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(ワ)8271号 判決 1983年1月24日

原告

小川綾子

原告

小川理絵

右法定代理人親権者母

小川綾子

右原告ら訴訟代理人

浜田脩

南部憲克

被告

小川喜一

右訴訟代理人

高田利広

小海正勝

被告

医療法人社団白仙会

右代表者理事

伴隆一郎

右訴訟代理人

稲田早苗

主文

一  被告らは、原告小川綾子に対し、各自金二一六万六六六六円及び内金一六六万六六六六円に対する昭和五一年一〇月一日から、内金五〇万円に対する本判決確定の日の翌日から支払ずみまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告小川理絵に対し、各自金三三三万三三三三円及びこれに対する昭和五一年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告小川綾子に対し金一九一〇万二四九八円、同小川理絵に対し金二八〇六万〇三八七円及び右各金員に対する本件訴状の送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告両名とも)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

(一)  原告小川綾子(以下原告綾子という)は訴外亡小川壽男の妻であつた者であり、原告小川理絵(以下原告理絵という)は壽男と原告綾子との間の長女である。

(二)  被告医療法人社団白仙会(以下被告病院という)は医療事業を営む法人であり、被告小川喜一(以下被告小川という)は被告病院の被用者としてこれに勤務する医師である。

2 (壽男の死亡の経緯)

(一)  壽男は、昭和四六年八月一三日、大量の吐血を主訴として被告病院に入院した。

(二)  被告小川は、壽男を出血性胃潰瘍と診断し、同月一七日同被告の執刀により、壽男に対し胃の三分の二の切除手術(以下本件手術という)を行つた。

(三)  壽男は、手術後約三週間で被告病院を退院したが、同年一一月被告病院において血清肝炎との診断を受け、同月一八日から同年一二月二三日まで被告病院に再入院した後、昭和四七年五月三〇日まで通院治療を受けた。<以下、省略>

理由

一当事者

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二壽男の死亡の経緯

1  請求原因2(一)ないし(三)の事実については当事者間に争いがない。

2  <証拠>によれば、壽男は本件手術後も体重が増加せず、昭和四九年八月ころからは食べ物の嚥下困難、嘔吐等の症状も呈するようになつたので、同年一一月東京都職員共済組合青山病院で診察を受けたところ、胃癌であることが判明し、同五〇年三月三日、財団法人癌研究所附属病院で再手術を受けたが、すでに残胃は全体が癌と化し、癌性腹膜炎を併発し、肝臓、肺、リンパ節への転移も認められる状態であつたので、腸瘻造設術を施すのみで残胃を摘出することができずに同月一七日退院し、同年五月一三日からは前記青山病院に入院加療中のところ、同年一〇月一七日、同病院において、胃癌のため死亡するに至つた事実を認めることができる。

三被告小川の責任

1  被告小川に責任原因が存するためには、本件手術当時壽男がすでに癌を発生していたことが前提となるので、まずこの点につき判断する。

<証拠>及び鑑定の結果によれば、前記財団法人癌研究所附属病院の医師である霞富士雄は、昭和五〇年二月壽男を診察した際、壽男は本件手術当時すでに癌であつたのではないかとの疑問を抱き、その真偽を確かめるため、原告綾子を通じ被告病院から壽男の切除胃の標本の交付を受け、それを癌研究所附属病院内部で組織検査に付したところ、右切除胃の口側断端部に明らかな癌組織の存在が認められたこと、そして、壽男の死因となつた癌は残胃に存在した癌組織の成長した結果と考えるのが妥当であることが認められ、これによれば、本件手術当時壽男はすでに癌であつたものと判断するのが相当である。被告小川は、壽男の切除胃と右病理検査に回された切除胃との同一性に疑問がある旨供述するが、<証拠>によれば、本件手術当時壽男の胃には幽門部から約一〇センチメートル離れたところに約二センチメートル×一センチメートルの潰瘍があり、その周囲は径約五センチメートルの範囲で硬結しており、さらにその周囲はビラン状を呈していた事実が認められるところ、右状態は霞富士雄が病理検査に付した前記切除胃の標本スケッチ(甲第七号証)の形状と付合しているのであつて、壽男の切除胃標本と癌研究所附属病院において病理検査された切除胃の標本の同一性を疑わせるような事実は見当らず、被告小川の前記供述部分は採用の限りではない。

2  そこで、次に、被告小川が壽男の病状を胃潰瘍と診断した点に過失があるか否かにつき判断する。

(一) <証拠>によれば、壽男は突然の吐血により救急患者として被告病院に入院して以来激しい吐血を繰り返し、輸血、補液、止血剤の投与等によつてもなお症状が悪化したため、被告小川は出血性の胃潰瘍又は一二指腸潰瘍を疑い、出血部位の切除を目的として本件手術に踏み切つたことが認められるところ、証人牛山孝樹の証言及び鑑定の結果を参酌するも被告小川の右診断と処置は妥当であつたというべきであり、被告小川が手術前に胃癌を疑わなかつた点につき過誤はなかつたものと認められる。

(二) <証拠>及び鑑定の結果によれば、本件手術による壽男の切除胃には先に認定したように潰瘍があり、その周囲が硬結し、さらにそのまわりがビラン状を呈していたこと、本件手術当時壽男の肝臓、膵臓、腹膜はいずれも正常であり、網膜、腸間膜のリンパ腺も腫脹が認められず、その他の諸器管にも癌を疑わせる症状が見られなかつたこと、吐血を主訴とする疾患のうち最も頻度の高いのは胃潰瘍、次いで一二指腸潰瘍であり、胃癌はこれらより少ないこと、若年者(三〇才未満)の胃癌は全症例の三パーセント程度と頻度が低いことが認められる。

以上の諸点を考えあわせると、被告小川が本件手術時の肉眼的所見において壽男の症状を胃癌であると診断できなかつたことをもつて直ちに過失があつたものということはできない。

しかしながら、<証拠>及び鑑定の結果によれば、癌の診断において肉眼的所見は絶対的なものではなく、正確な診断は病理組織学的検査にまたなければならない場合があるところ、壽男の胃癌はボールマンの分類によるⅢ型に該当し、この型の特徴は胃の粘膜に潰瘍を形成すると同時に潰瘍の周囲の輪郭が明確でなく、癌組織が既存の組織に浸潤する傾向があることであり、これは外見上胃潰瘍の症状と類似する点のあることが認められる。のみならず、証人牛山孝樹の証言及び鑑定の結果によれば、胃潰瘍の場合の硬結は潰瘍の周辺の比較的狭い範囲に限局されることが多いのに対し、前認定のとおり壽男の切除胃には潰瘍の周りのかなり広い範囲に硬結が見られたことからすると、これを明らかに良性の潰瘍であると判断するには躊躇せざるをえないとしているのであり、この所見に疑念をさしはさむべき根拠は他に見出しえない。

およそ、人の生命、健康を管理する医師としては、患者の診断にあたり、その異常状態を的確に把握し、適切な処置を下すための根拠を得るため、事態に即応した検査を実施するなど万全の配慮をなすべきであり、殊に、癌はこれを放置すれば必ず生命を脅す重大な疾患なのであるから、医師としては癌か否かの診断にあたつては特に慎重を期することが要求されるというべきである。そして、<証拠>によれば、昭和四六年当時病理組織検査を自ら行うことができるのは少数の大病院や検査研究所に限られていたとはいえ、その他の一般の病院において必要がある場合は検査研究所等に依嘱して病理組織検査を実施することは容易であつたことが認められる。

以上によれば、被告小川としては、壽男の切除胃を組織検査を行いうる施設に送付して癌組織の有無を確認すべき注意義務があつたといわなければならない。しかるに、同被告本人尋問の結果によれば、同被告は、壽男の主訴が吐血であつたこと、同人が若年であり胃以外の諸器管に異常が見られなかつたこと、潰瘍の周囲の硬結が比較的軽度であつたこと等をもつて胃癌を疑う余地はないと速断し、切除胃を病理組織検査に付することを怠つたのであつて、同被告にはこの点につき過失があつたといわざるをえない。

右の点について、証人牛山孝樹の証言及び同人の鑑定中には、多数の胃切除術の経験をもつ医師が組織検査の必要がないと判断したのであればこれを誤りとすることはできないとの意見を述べる部分があるが、右意見は、経験豊富な医師の肉眼的所見による診断は病理組織検査の結果と一致するのが通例であるとの経験的事実に基づくものであることが右各証拠自体から窺われるところ、同時に右各証拠によれば、前記のとおり、壽男の切除胃の肉眼的所見はこれを明らかに良性の潰瘍と判断するには躊躇せざるをえないものであつたというのであるから、被告は小川が多数の胃切除術の経験を有する医師であることをもつて同被告の過失を否定することができないのはいうまでもない。

四因果関係及び損害

被告小川が切除胃の組織検査を行つていたならば壽男の胃癌を発見することができたことは前述したところから明らかであり、その場合には、被告病院において、ないしは他の大病院に転院することにより胃を全摘する再手術を受けることができ、これによつて癌が全治する可能性のあつたことは否定できない。

しかし、<証拠>及び鑑定の結果によれば、壽男の癌はすでに第三期の進行癌であつたことが認められるところ、鑑定の結果によれば、第三期の胃癌の手術成績は概して不良であり、最も良好な統計結果においても五年生存率は42.8パーセント、一〇年生存率は35.5パーセントにとどまるというのであつて、すべての進行度の胃癌に対する全摘術の成績としては、良好なものでも五年生存率二三パーセント、一〇年生存率二一パーセントという報告があり、中には五年生存率一七パーセント、一〇年生存率八パーセントという数字もあげられており、昭和四六年八月当時胃の全摘術を施した場合における壽男の一〇年後の癌発症率を約八〇パーセントと推論していることが認められる。これに対し、原告らは、壽男の五年生存率は55.5パーセントと推定するのが相当である旨主張するところ、なるほど<証拠>によれば、昭和三八年から同四一年までの間の全国各病院における胃癌手術の予後の資料を収集した統計結果によると、癌組織が明らかに胃漿膜を侵しており、肉眼的にリンパ節転移の疑いがなく、腹腔内のどの漿膜面にも播種性転移を認めず、かつ肝転移を認めない場合の手術例一六三に対し五年生存は七七例(手術死等を除外すると五年生存率は55.5パーセント)と報告されていることが認められる。しかし、他方、<証拠>によれば、本件のように胃潰瘍の診断により胃切除をした後に胃癌が発見され、再手術をする場合の予後は、一般の胃癌手術の場合と比較して明らかに不良であることが認められるのであつて、このことをも考慮すれば、右統計資料から直ちに原告らの前記主張を採用することはできない。

以上の各統計資料を総合し、証人牛山孝樹の証言をも参酌して考えると、仮に本件において被告小川が切除胃の病理組織検査を実施して壽男の胃癌を発見し、その結果再手術が実施されたと想定した場合の治癒の確率を数字で示すことは困難であるが、五年後の生存率は二分の一よりもかなり低いものと考えるほかなく、再発、死亡に至る蓋然性が大きかつたものと認めるのが相当である。

そうすると、被告小川が前認定の注意義務をすべて尽くしていたとしても、それによつて壽男が健康者の平均余命を全うし得たとみなすことはできないのであり、また、前記のごとく再手術をした場合の平均的余命を算定することも困難であるから、本件においては、壽男の死亡による逸失利益及び葬儀費用は被告小川の過失と相当因果関係のある損害とすることは相当でない。

しかしながら、被告小川において壽男の切除胃を病理組織検査に付していたならば、癌であることが当然に判明し、壽男は胃全摘の再手術を受け、その他病状に応じた適切な治療を受けることができたのであつて、それによつて癌が治癒する可能性も存していたのである。しかるに、これを良性の潰瘍と即断され、病理組織検査を省略されたことにより、壽男は適切な治療を受けて治癒する機会と可能性を失つてしまつたものであり、かように適切な治療のもとに生存する可能性を奪われたことの精神的苦痛は、被告小川の過失により通常生ずべき損害として慰謝されるべきである。

ところで、<証拠>によれば、壽男は本件手術当時地方公務員として東京都に勤務していたのであるが、昭和四七年三月青山学院大学を卒業すると同時に、自己の体力に照らし学者になることを考えて東京都を退職し、同年四月より青山学院大学修士課程経済学研究科に入学し、昭和四九年三月卒業したこと、同年四月原告綾子と結婚し、昭和五〇年一一月当時は原告理絵の誕生に期待を寄せていたこと、壽男はこの間被告病院に入院したことはあつたが、被告小川の胃潰瘍との診断を信じ、昭和四九年一一月に至るまで胃癌の治療を受けなかつたことがそれぞれ認められる。

右認定の事実に前記被告小川の過失の態様、程度等前認定の諸事実を勘案すると、壽男の受けた精神的苦痛は、金五〇〇万円をもつて慰謝されるべきものとするのが相当である。

原告らと壽男との間には前認定のとおりの身分関係があるので、原告綾子はその妻として金一六六万六六六六円を、同理絵は子として金三三三万三三三三円をそれぞれ相続した。

次に、原告らは、固有の精神的損害を主張するのでこの点につき判断する。

<証拠>によれば、本件手術当時壽男は二四才の独身男子だつたのであるから、病気を良性の胃潰瘍であると診断された時には、健康な男子として近い将来に結婚し、子どもをもうけることは当然に予想されたところであり、患者が結婚をし、子どもをもうけた後に誤診が原因で死亡した場合には、その妻と子も、それぞれ失と父を失つた精神的損害を慰謝料として請求しうることには十分理由があるというべきである。しかし、本件においては、壽男の死亡それ自体は被告小川の過失とは直接の因果関係がないこと先に認定したとおりであつて、壽男本人についても、適切な治療を受け得ずに生存の可能性を奪われた損害のみが認められるにすぎないのであるから、原告らについては、夫及び父を失つた精神的損害を相当因果関係ある損害として認めることはできない。

次に弁護士費用としては、本件事案の性質、審理の経過、請求認容額等に鑑みると、被告らに対し賠償を求めうる額は金五〇万円とするのが相当である。但し、これに対する遅延損害金の起算日については、その弁済期は判決確定の日に到来するものと解するのが相当であるから、本判決確定の日の翌日とする。<以下、省略>

(南新吾 野崎薫子 藤本久俊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例